TAKANORI ABE

軟式会社 はだしでもえろ

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TAKANORI ABE

僕は高級肉より承認にヨダレが出る

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今日僕は目の前で鉄板で焼いてくれる高級肉を食べた
確かにうまい
しかしうまいの一言で終わってしまう
現に食べた後30分もしたらもう味を覚えていない
食べ物で感じられ幸福とは所詮こんなものである

 

うまいものを食べて
あー幸せという人がいる


確かにうまい
しかしうまい止まりであり幸福まではいかない
僕はうまいものを食べても幸福をさほど感じないタイプの人間だ

ただし唯一感じることがある
それは真夏日に運動をしカラカラになった状態で飲む水である


これには幸福を感じる

 

人間の欲求には欲求の階段があるとマズロー先生は言う
それは欲求階層説と言われる


1、生理的欲求=食べたい、寝たい
2、安全欲求=雨風しのげて健康
3、社会的欲求=友達、家族、会社から受け入れられたい
4、承認欲求=他者から認められたい尊敬されたい
5、自己実現欲求=自分の能力を引き出し理想の自分になりたい
6、自己超越=自分を忘れ目的に没頭し課題や使命、仕事に貢献する状態

 

 
カラカラの状態で得る水で感じる幸福は人間の初期の原始的な欲求である
現代の日本人のほとんどは欲求階層の3、4、5あたりをうろちょろしている

 

今の時代、生理的欲求と安全欲求は比較的簡単に満たせてしまうから
もう生理的欲求(うまいものを食う)では感動できないのだ


しかし真夏日に運動をしカラカラの状態にあえてすれば
欲求階層は下がって1、生理的欲求が最優先になる

そのためただの水で幸福を感じることができるのだ
つまり人は欲求階層を故意に下げることで幸福を感じるという
高度な快楽を楽しむことができるのだ

 

 

話がそれた
ではなんで食いに言ったのだ
と言われそうなので理由を言うと
僕の労働に対してのお礼としてご馳走になったのだ



ご馳走になっておいてこんなことを言うのは
最低なクソ野郎だということなのはもちろん分かっている


ご馳走になったことに関してはもちろん感謝しているし
僕が経験したことのないことを経験させてくれたということにも感謝している
しかし自分の感じたことを正直に表現したいという欲求が優ってしまう
この記事を本人が見ないことを切実に願っている

 

今日気付いたのは僕は承認欲求が強いということだ
食欲よりも性欲よりも承認欲求が強い
うまいもの食べることより承認の方がヨダレがでる

 

快楽や幸福は結局はドーパミンやエンドルフィンやアドレナリンなどの
脳内神経伝達物質の分泌だと僕は思っている


つまり僕の脳はうまいものを食ってもさほどこれらが分泌されず
褒められたり認められたりする承認の方がこれらが分泌されるのだ


これが僕が食に興味がない理由だ



ちなみになぜ僕が自己実現欲求ではなく承認欲求にとらわれているかといえば
たとえば僕が絵を描く理由



表向きは「芸術で自らを解放しろ」と言うように
僕にとって芸術はこの世界で唯一自分自身を自由に表現でき
唯一自由に生きられ唯一純粋に生きれる場所である
とまあカッコつけて言っている
ほんとうのことなんだけどね

 

 

しかしもしもこれが本当なら作品をSNSで発表する必要はないはずだ
承認欲求に囚われていないのなら自分の中だけで自己満足し自己完結できるはずだ
しかし僕には発信したいという欲求がある

 

嫌われる勇気で有名になった心理学者アルフレッドアドラー
承認欲求を否定している

 

その理由は他者からの承認を軸に生きると相手に依存した生き方になり
不自由な人生になるからだという

 

たとえばもっと良い絵を描きたいという思いがあったとする
自分の中の目指すより良い絵を突き詰めていくのは自己実現欲求だが
もっと「いいね」が欲しくてより多く「いいね」をもらえる絵を
描こうと努力しているのならそれは承認欲求に動かされていることになる

 

 

あれ?でも僕は自分の中の目指す良い絵を描いているので
これは自己実現欲求なのだろうか?
実際に「いいね」がより多く押される絵に寄せていくことはしていない
でも「いいね」もらったらやっぱり嬉しいしんだよな

 

 

そしてさらにここからは「幸福」について話したいと思う
僕は幸福は2種類あると思っている

 

一つは一人で感じる幸福

これは心理学者チクセントミハイの「フロー状態」に入ること
自分を忘れるほど何かに没頭している状態のこと
人はこの時、幸福を感じる
現にいまこの文章を書いている時間僕は没頭し幸福を感じている

この状態をスポーツではゾーンと呼ばれていたりする

他にも絵を描いている時や音楽を演奏する時や聴いてる時
筋トレをしている時など瞑想しているときなど
僕はいくつかの「フロー状態」持っている


「フロー状態」に入れるものをいくつか手に入れれば幸福度は上がる


「フロー状態」に入るには条件があり
今の自分にとって簡単すぎず難しすぎず少し難しいと感じることに挑戦する必要がある
つまり「フロー状態」を求め続ければ自然とスキルが上がりレベルアップしていくという一石二鳥が成り立つのだ

 

もう一つの幸福は「貢献感」
この幸福はみんなで(より大きな共同体と共に)感じる幸福


心理学者アルフレッドアドラーは「幸福とは貢献感である」と言った
貢献感とは私は誰かの役に立っているという主観的な実感のことで
貢献感を感じるには積極的に他者貢献する必要があるという

他者貢献は目の前の人を助けることはもちろん目に見えない他者貢献も可能だという
たとえばあなたがスーパーでパンを買った場合、パンを作った人、パンを運んだ人、パンを運ぶ車を作った人、パンをスーパーで売る人に全員に対して他者貢献したことになる

つまり貢献感とは想像力次第でいくらでも感じることができる
さらにここから承認欲求の否定とつながっていく


貢献感を感じるためには他者貢献する必要はあるが
他者貢献はあくまでも自分がいいと思ったことをする自己満足でいいという

相手がどう思うかは相手の課題でありこちらからできることは
相手が喜んでくれると思う最善のことをやる所までしかできないからだ

相手が喜んでくれたかどうかを基準にする他者貢献には自由がない
自由がない他者貢献では貢献感を感じることができない
ということになるのだ

 

僕がいま配布してる無料イラストは僕が貢献感を感じるためにやっている
実際に誰が使ってるのか分からなし
誰も使っていないのかもしれない


しかし僕は誰かが使って喜んでくれているんじゃないかという
想像力の翼を広げ主観で貢献感を感じている


つまり僕は承認欲求にも動かされつつ
貢献感を得るために絵を描き自己実現欲求を満たしていることがわかった
さらに言えば没頭し自己超越も感じていることになる

 

アドラーを知ってから承認欲求を否定しがちになっていたんだけど
承認欲求は自分を成長するために利用する分には毒にならないような気がする

 

あれ高級肉の話だったんだけどな
まいっか

 

あーテニスしてーな

 

今日もゆるく生きようぜ!